冬の屋久島
岳人2016年11月号
冬の屋久島
写真・文=大沢成二
屋久島の雪景色は孤独の中にある。夏の観光シーズンにあれほど賑わった縄文杉の展望デッキでさえ、雪の降りしきる日に他の登山者を見かけることは稀だ。まして、北西の季節風が猛然と吹き抜ける厳冬期に、稜線部で他の登山者と出会うことはない。だからいつも一人で目的地を目指す。
新高塚小屋を過ぎるあたりから、登山道には常緑の中低木が、凍りついた雪に押しつぶされるように覆いかぶさっている。それは人の力で跳ね除けられるものでなく、トンネルのようになった僅かな空間を這うようにして進む。ザックはひっくり返し、橇のように引っ張ってゆくのだ。雪のない季節なら2時間で行くところを、6時間かけて平石岩屋へたどり着いた。
そうして行った目的地の風景は、期待していたものでは無かった。厳冬期の屋久島稜線部の天気はいつも不安定だ。宮之浦岳は雲の中にその頂きを隠し、雪に埋もれた稜線上に登山道の痕跡を確認することはできない。時間切れで行くことも戻ることもできず、そこで幕営することにした。
夜半から風が強まり、テントの骨組みがギシギシと鳴る。体は疲れているが、頭が冴えて眠ることができない。まんじりともせずその夜を過ごしながら、とつぜん自分のやっていることに疑問が湧いてきて、それが妙に可笑しく、小さな笑いがこみ上げてくるのを抑えることができなくなった。
そんなとき、テントの布地が徐々に色彩を取り戻してきた。夜明けが近いのだ。シュラフを脱しテントから這い出してみると、強風に流されてくる濃いガスの向こうに、宮之浦岳の頂きが時折見え隠れしている。三脚にカメラをセットし日の出を待った。
種子島の方向から、はっきりとしたオレンジ色の光線が一筋射したとき、あたりの温度は確実に数度上昇し、幕があがるように宮之浦岳がその姿を現した。僕は夢中になってシャッターを押した。しかしそれは僅かな時間の出来事で、次の瞬間、宮之浦岳はまた白いガスの向こうに姿を隠してしまった。その一瞬の光景を、僕はたった一人、そこで目撃したのだった。