淀川へ
小花之江河で撮影を終えた僕はザックを担ぎ、急いで淀川登山口を目指した。
食料も底をつきかけているし、雨が随分激しくなってきたのだ。一度小さく登ってから左に巻き、折り返して右へ下る。目的地まで約2時間の行程。体力的にも厳しくなっていたし、登山道のコンディションは時間を経るごとに悪くなってゆく。この日はあまり撮影せずに、黙々と歩くことに専念した。途中にある淀川小屋で昼食を兼ねて休憩。お湯を沸かして茶を飲み、昨晩握った握り飯を腹に放り込む。不思議なもので、米の飯が腹に入ると急に元気が出てくる。気持ちをリフレッシュさせて残り後1時間の行程に向かう。雨は更に激しさを増し、登山道に水を集めていた。
ヤマボウシの大木を通過して花崗岩がU字にえぐれた登山道に差し掛かると、間を通る木道の上に真っ赤なリンゴツバキの花が一輪落ちているのを見つけた。「こんな時期にリンゴツバキとは」と思いながら暫く歩くと、登山道脇の苔むした倒木の上にも、やはりリンゴツバキの花が落ちていた。補色関係にあるその緑と紅のコントラストが雨の中でクッキリと際立って鮮やかに目に映った。撮影しようと思ったが、あまりに雨の降り方が酷いので、撮影に辿り着くまでの行程をアタマの中に思い描いてゲンナリし、撮影を諦めて歩き出した。しかし、今度はあの鮮やかなコントラストがどうしてもアタマから離れない。僕は再び立ち止まると振り返り、しばし逡巡してしまった。「撮るべきか?撮らざるべきか?」と。その時「おまえは屋久島まで写真を撮りに来ているのだろう。屋久島の雨を恐れてどうする!」という自らの内から叱咤激励が響いた。そうだ、僕は屋久島まで写真を撮りに来たのだ。僕は元来た道を倒木のところまで戻りザックを降ろした。
手早く三脚を立てるとそこに傘をとりつけ広げる。その下でザックを開いて機材を取り出しセッティングをおこなう。ザックを閉じてザックカバーを掛け、それを脇に置いたら、傘を取り付けた三脚を持って被写体の前まで行き、アングルを決める。僕が大掛かりなことをやっているので、追いついた後続の登山者が「何を撮っているのですか?」と立ち止まって覗き込んでくる。僕は「リンゴツバキですよ」とそれに答えながら、三脚の高さを微調整する。雨の中、なかなかアングルが決まらない。このコントラストを生かすには、抜けの背景は暗い方がいいと思った。だから必死にその背景になるアンルを探して三脚の位置を調整したのだ。ようやくアングルが決まってシャッターを切る。苦労して撮ったがその甲斐があった。この写真は僕の屋久島における代表作の一つとなった。
撮影日:2005年6月8日
撮影データ:CanonEOS20D+EF-S60mmF2.8マクロUSM(焦点距離60mm)
ISO100 F2.8 1/30sec 露出補正-2.0 三脚使用