屋久島 真っ白い瞬間
NATIONAL GEOGRAPHIC日本版 2015年2月号
写真は語る
屋久島 真っ白い瞬間
写真・文 大沢成二
屋久島の雪は直線的に降る。それは上空からふわふわと降りてくるのではなく、バラバラと音を立て、屋久島の稜線にたたきつける。それは雪というよりは氷の礫(つぶて)だ。
等圧線が縦に混み合い、日本列島がすっぽりと巨大な低気圧に覆われる厳冬期、ちっぽけなこの島は季節風の影響をまともに受ける。周囲に遮るものの無い海の上に、2000mに届きそうな峨峨(がが)たる高峰が垂直に屹立(きつりつ)しているのだ。それは巨大な独立峰のようなもので、氷の礫は凄まじい北西風に混じって容赦なく屋久島の稜線に襲いかかり、そこを真っ白に染め上げる。
しかし寒気が過ぎ、雲が割れ太陽が姿を見せると、南の島に降り注ぐ強烈な日射しは稜線に積もった雪を瞬く間に解かしてしまう。埋もれていた灌木(かんぼく)は雪を跳ね返し、常緑の葉が太陽の光を集めて輝き出す。白一色だった風景は見る間に色を得て、まるで早回しの映像のように、山全体がむくむくと立ち上がってゆく。つまり屋久島の雪景色は、ある日突然現れ、そして次の瞬間には無くなってしまうものなのだ。
日本列島の縮図と言われる屋久島。そこを撮るのなら、雪景色は必須と考えていた。しかし、通いの撮影で、ついに満足できる雪に出合うことはなかった。だから8年前に、僕はこの島に移り住んできた。
深い緑の森に覆われ、碧(あお)い大海原に悠然と浮かぶこの島が、猛烈な厳しい季節風に曝される冬。屋久島の雪景色は、そのなかにはかなく存在している。物事の本質的な美しさや生命の輝きとは、そんなところにこそ潜んでいるのではないかと思っている。