写真集撮影秘話「シャクハチ鳥 Whistling Bird」
写真集撮影秘話の第5回目は、P26で使った「シャクハチ鳥 Whistling Bird」です。
シャクハチ鳥は俗名で、正式には「ズアカアオバト」という名前がある(屋久島に生息するものは亜種の「リュウキュウズアカアオバト」とされている)。ズアカ(頭赤)といっても頭は赤くないが、台湾方面に生息するものは本当に頭が赤いようだ。
僕が最初にこの鳥の鳴き声を聞いたのは島に移住して間もない7月の益救参道だった。人のいるはずの無い耳崩の方から聞いたことの無い笛の音色が聞こえてきた。「こんな山深い場所で誰が笛を吹いているのか?山伏でもいるのか?」とずいぶん訝ったことを覚えている。山から降りてその事をある島人に話すとその人は嬉しそうな顔をしながら「出ましたね!」とニコニコしながら僕の顔を覗き込んだ。そうしてひとしきり悪戯っぽく笑った後にそれがズアカアオバトの鳴き声だと教えてくれた。
そうやって正体が分かってしまうと、その不思議な鳴き声がなんだか愛らしく聞こえてくる。あるとき白谷雲水峡で若いカップルに「あの音は何ですか?」と質問された。僕が「スアカアオバトというハトの鳴き声です」と答えると「そうですか、ハトさんでしたか。誰かが森で笛を吹いているので注意しなくては、と思っていました」という微笑ましい答えが返ってきたこともある。
そんなズアカアオバト、鳴き声は良く聞くがその姿を目撃したのは数えるくらいしかない。ましてそれを写真に撮る機会というのは滅多にあるものではない。その日僕は雨の中、淀川登山口から入山した。目的地は宮之浦岳で、途中にあるポイントで花の撮影を予定していた。しかしカメラザックの中にはレンズ5本が入っている。山行の途中でどんな出合いがあっても対応できるようにとの思いからだ。しかし機材その他で重量は15kgにもなる。背中にはその重みがずっしり。
淀川鉄橋を過ぎて急登に差し掛かる。心の中でギアを入替え、ゆっくりと足を出す。ヤクシマシャクナゲの着生した杉が生える踊り場に差し掛かって一休み。すると右手奥に生えているヒメシャラの古木の枝にズアカアオバトが留まっているのが見えた。ザックを下ろすと手早く三脚をセットし、150-500の望遠ズームをカメラに取り付けファインダーを覗いた。
ズアカはどういう理由か?ヒメシャラの古木の枝と枝を行ったり来たりしている。雨がだんだん酷くなってきたがそんなことに構ってはいられない。ファインダーを通してズアカの動きを追う。距離的にズアカだけをアップで撮ることも可能であったが、当時「風景と生き物」というテーマが自分の中にあり、また写真集を作るとしたら縦版の本にしたいという希望があったので、見開きで使用したときに左ページのセンターにズアカが来るようにイメージして、その構図になるのを注意深く待った。するとズアカは理想の位置でこちらへ向き直った。「今だ!」僕は心の中でそう叫び、夢中でシャッター押す。手ごたえがあった。
雨に濡れて艶かしく輝くヒメシャラの古木、その様子を広めのフレーミングに納めてその中の理想的なポイントにこちらへ向き直ったズアカアオバトを配した。写真集に多くの写真を掲載したが、その中でも
特にお気に入りの一枚。屋久島へ移住して写真を撮っている写真家として「これぞ屋久島」という思いを込めて写した1枚だ。しかし、おそらくほとんどの人にこの写真は評価されないと思っていた。事実、写真集を作る過程でデザイン事務所から最初に出された構成案でこの写真はトリミングされてしまった(その使い方に僕はとても強く抵抗した。結果、写真集の構成デザインは自分自身ですることになってしまった)。
しかし、この写真をピンポイントで評価してくれた方がいた。YNACの小原比呂志さんだ。「流石!」僕は心の中で本当にそう思った。そしてそれが屋久島のネイチャーガイド界を黎明期から牽引しているその人であったことが二重の喜びとなった。やっぱり分かる人には分かって貰えるものだ。写真集の構成案を自分自身でおこすことは、本当に大変な作業であったが、その苦労はこのことにより報われた。また妥協して構成を外部の手に委ねなくて、本当に良かった。
ところで、写真集の中には他にも理解されにくいと思いつつも、こだわって収録したカットがあります。僕自身が屋久島を語るうえでどうしても外せないと思った写真。それについてもいずれここで書いてゆきます。
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