ロデオ
撮影日:2010年4月30日
撮影データ:NikonD700+AF-S NIKKOR 70-200mm F2.8G ED VR II (焦点距離175mm)
ISO800 F2.8 1/750sec 手持ち撮影
屋久島の森にはシカに乗るサルがいるという話を僕が初めて聞いたのは、2008年の秋だったと思う。そして2009年の夏にある人からより具体的な情報を聞き、いつかそれを写真に撮りたいと思って、森に入るときにはいつも周囲に気を配っていた。しかし、なかなかその現場を目撃することはなく、それでもチャンスを狙って僕は森に通い続けた。
その日僕は生まれたての仔ザルを撮影しようといつもの森でカメラを構えていた。4月の末とはいえ、その森の奥底はまだ気温が低い。しかし、サル達を間近で撮影する為には、彼らの目線までおりでゆく必要がある。べったりと地面に腰を下ろし、彼らに声を掛けながらカメラのシャッターを切る。額に大きな切り傷を持つボスザルが訝って僕の様子を見に来たが、僕は知らん振りでシャッターを押し続けた。やがて僕が危害を加えないと悟ったサルの群れは、段々と僕を取り囲むように展開し、おのおの好き勝手な場所でグルーミングを始めた。
そんな風にして1時間ほど撮影を続け、そろそろ寒さにも耐え切れなくなり、撮影を終おうと立ち上がって振り向いた瞬間、その光景は僕の目に飛び込んで来た。「あぁ!」と思わず僕は声を上げてしまったが、反射的にカメラを構えてシャッターを切った。
サルに乗られたシカは嫌がり、体をゆすってそれを振り落としたが、サルはもう一度乗ろうとチャンスを伺っている。僕はサルに気づかれないように順光になる位置まですばやく動いてもう一度カメラを構えた。サルは再びシカの上へ。僕はシャッターを切る。その間わずか10数秒。
日本でこのように、サルがシカに乗る現象が見られるのは、屋久島と宮城県の金華山だけと聞いた。金華山は屋久島の1/50ほどの大きさであるが、どちらも島であり、サルとシカが近い場所で生息しているという環境は似通っている。ところで、「何のためにサルはシカに乗るのだろうか?」この質問をある生態研究者にしてみたのだが、「こうした遊びをすることで、ある種のベネフィットを得ている」という説があるそうだ。ベネフィット=利益、恩恵。
実は屋久島の森において、サルとシカの距離が微妙なところに来ている。ある場所ではシカが増えすぎ、林床の植物を食い尽くしてしまったため、彼らは食べ物に困り、樹上で食事をするサルの群れが落す木の葉をあてにし、サルの群れについて移動している。サルにとって屋久島は天敵のいないところであり、一方的にシカがサルから恩恵を受ける構図となる。サルは頭のいい動物なので、シカに乗るという遊びをすることで、その恩恵のバランスをとっているというのだ。真相は定かでないが、もし本当にそうならば、なんとも興味深い。
真相はサルに聞いてみないと分からないが、結局のところ、この現象は今の屋久島で、サルとシカの微妙な距離感が引き起こしていることは間違いない。他でみられないこうした現象が屋久島で見られることの意味を、研究者のみならず、我々も良く考えてみる必要があるのではないかと、最近思っている。