縄文杉とヤクシカ
撮影日:2008年7月23日
撮影データ:CanonEOS40D+EF24-105mm F4L IS USM(焦点距離24mm)
ISO400 F4.0 1/90sec 三脚使用
縄文杉、屋久島において余りにもシンボリックなその存在をカメラで切り取り表現する”どう撮るのか?”これは僕にとって大きな悩みのひとつだった。世間に縄文杉を撮った写真は溢れている。「縄文杉は既に撮り尽くされた」という意見もあるくらいだ。それを踏まえつつ、自分なりの表現というものを、僕はいつも考えていた。
過去に撮られた縄文杉の写真、それらをアングルという視点から捉えてみると大きく二つに分けられる。正面側を撮ったものと、右側面を撮ったものだ。右側面を撮ったものは1996年より前の写真になる。なぜなら、その年に縄文杉には観望デッキが設置され、周囲への立ち入りが規制されたからだ。これは登山者が縄文杉の根やその周囲を踏みつけることにより衰えた樹勢を回復させようと採られた措置だ。よってこの年以降、右側面を撮影することは不可能になった。そういった理由で、いま縄文杉を撮影しようと思ったら、アングルは観望デッキからに限られる。手間に近づいて見上げることも叶わないのだ。
ところで、縄文杉はなぜこれほどまでに人々を惹きつけるのであろうか?縄文杉に会う為には、往復約10時間という、深い森の中へ分け入らなければならない。そこへ多い日には1000人もの人が訪れる。一本の樹が、これほどの人を惹きつけるという事例を、僕は縄文杉以外には知らない。
樹齢7200年説、これは1977年に九州大学の真鍋大覚教授(気象学)が推定した。木の大きさの比較データ、縄文杉の生えている環境条件などを考慮して計算した結果だ。その後1983年には学習院大学の木越邦彦教授による放射性炭素法による調査も行われており、可能な場所から採取された複数の木片の中から最も年代の古いものとして、2170年という結果を出した。
様々な研究結果があり、縄文杉の樹齢については諸説あるのだが、普通の杉の樹齢がせいぜい400年程度なのに対し、縄文杉を含むヤクスギは1000年を超えている。1000年、2000年、あるいは7000年という途方もない悠久の時間。人間の想像の遥か外を生き続けてきた一個の生命体。そのシンボルとしての縄文杉。多くの人は、そこに惹きつけられて長い登山道を詣でてくるのだと、僕は考えている。そして、その縄文杉が生き続けてきた時間を象徴的に表しているのが縄文杉杉の大きさ、とりわけ幹周りの太さで、胸高周囲16.4mは発見されている杉としては日本最大なのだ。
縄文杉の観望デッキに設えられた42段の階段。ここまで長い道のりを経てきた登山者を待ち受ける最後の関門。その階段を一段一段踏みしめながら登り切り、デッキに出て天を仰ぐと目の前に縄文杉は立っている。多くの登山者はここで「おおきい!」という感嘆の声をあげる。目の前の縄文杉は、自らの想像を遥かに超えた圧倒的なスケールでそこに立っている。これは他の著名なヤクスギとは一線を画している。
しかし、この圧倒的なスケール感を写真に撮ることは非常に難しい。元来、写真表現というのはそれをすることが難しい方法なのだ。実際、僕のウエッブサイトに掲載された縄文杉の写真を見た友人は電話でこう話した。「縄文杉というのは、そこへ行って目の前で見てみればきっと凄いのだろうけど、見たことの無い人には、その大きさが上手く想像できない」のだと。僕は「なるほど」と納得し、何とか縄文杉のスケール感を表現する方法は無いものかと考えていた。
写真撮影においてスケール感の表現。これはもう比較しかない。商品撮影などで広く用いられている方法だが、一般的に大きさの認識がなされているものを比較対象として画面の中へ写しこむのだ。こう考えたとき、真っ先に人間を画面に入れて写し込むことを考えた。また過去にはそうして撮られた写真も発表されている。しかし残念ながら今この方法は使えない。デッキから先へ人が踏み込むことが許されていないからだ。こうなるともう選択肢はサルかシカしかない。しかし縄文杉との対比でサルでは小さ過ぎる。であれば、ヤクシカが運よく縄文杉の足許に来た時を狙って撮影するしかない。しかし、果たしてそんなに都合良くゆくであろうか?
縄文杉でヤクシカを待ってみると、確かにヤクシカは比較的頻繁に縄文杉の周囲に出没した。しかしそれを縄文杉と一緒に写し込むにはヤクシカがピンポイントで縄文杉の足許に立ち止まっている必要がある。しかしヤクシカはこちらの都合を考えて足許に立ち止まったりしてくれない。何度か「もうすこし、もうちょっと」という場面には出くわすのだが、意図した構図で撮影することは出来なかった。
しかし、しかしである、その困難な撮影をサラリとやってのけた写真家がいた。屋久島に注目している方なら当然のようにご存知だと思うが、屋久島ブック 2008 (別冊山と溪谷)の表紙を、まさに縄文杉とヤクシカの写真が飾っていたのだ。撮影したのは柏倉陽介さん。自然系の雑誌で活躍する写真家だ。彼がその写真を撮影したのは2007年11月14日。なぜ僕がそのことを知っているかと言えば、当日僕は縄文杉デッキで彼と会ったのだ。
その日の朝、僕と彼は奇しくも荒川登山口へ向かう同じシャトルバスに乗り合わせていた。僕の使っているものと同じカメラザックにジッツオの三脚を括りつけた登山者がいたので、特に印象に残っている。荒川登山口から先にスタートした僕は一気に縄文杉を目指し、9:30にはデッキで撮影を終え、その後太古杉まで足を延ばした。午後になって大方の登山者が捌けたころを見計らってもう一度縄文杉デッキへ戻った。すると彼が一人三脚を立てて縄文杉と対峙していた。挨拶を交わして、何がしかの会話のやり取りがあったと思う。そのときデッキにはとても静かな時間が流れていた。僕は撮影を続ける彼をそこへ残して、一足先に高塚小屋へ引き上げた。
うす暗くなって彼も高塚小屋へ引き上げて来た。そこでお互い自己紹介をして、名刺などを交わした。僕には貰った名刺の名前に見覚えがあった。前年の屋久島ブック ’07~’08 (別冊山と溪谷)の中に、山尾三省さんの詩を紹介したページがあり、その背景に使われていた縄文杉の写真が、ドキッとするくらい印象的だったので、それを撮った柏倉陽介という名前を僕は記憶していたのだ。
彼は「良い写真が撮れた」と言って、その日に撮影したカットをフォトビュアーで見せてくれた。そこには縄文杉と一緒にヤクシカが写っていた。「先を越された」と僕は素直に思った。聞けば彼は二泊三日の日程でロケに来ているのだという。屋久島に暮らして、彼の何倍も条件的に恵まれている僕にはどうやっても撮れないのに、ロケに来た彼があっさりとそれをモノにしてしまった(本当のところはあっさりとではないのだろうが)。彼のイメージを引き寄せる力の強さと、写真家としての資質の高さを感じた。
撮影日:2008年1月1日
撮影データ:CanonEOS40D+EF-S17-85mmF4.5-5.6 IS USM(焦点距離50mm)
ISO800 F5.6 1/45sec 三脚使用
季節は冬になったが、高塚小屋に泊まるとき、空き時間ができると僕は縄文杉デッキへ行ってヤクシカを待った。ある雪の日にはヤクシカが縄文杉の足許を横切って行く場面に出くわしたが、それは僕が思い描いている構図では無かった。そうして春が来た。柏倉さんから、屋久島ブック08年版と、表紙を飾った縄文杉とヤクシカのプリントが僕のところへ届いた。丁寧な手紙が添えられていて、そこには「あの一泊二日の撮影は、今後の被写体について深く考えた経験だった」と書かれていた。僕はいただいたプリントを部屋に飾り、それを眺めながら、もう一度僕なりのイメージを強く持ち、時間が出来ると縄文杉デッキでヤクシカを待った。しかし、どうしても僕には撮れなかった。
6月半ばから一月くらい僕はちょっと体調を崩していた。ウイルス性の咳が止まらず、夜半に酷く咳き込んで何日もまともに眠れない日が続いた。冬の間根を詰めて撮影をやっていた所為で随分と体重が落ち、体力的にも衰えていた。体が少し休みを欲していることを感じ、撮影を休み、資料整理などに時間をあてて体力の回復に努めた。そうした養生が功を奏したのか、体調はすっかり回復して体重も少し節制した方がいいというくらい増えてきた。この日僕はほぼ一月振りにザックに機材を詰めて稜線へ向かった。
白谷雲水峡から入山して新高塚小屋を目指した。しかし、一月の休みは僕の体調と体重を回復させてはくれたが、逆に持久力とスピードを削いでしまった。一向に歩行スピードが上がらない。僕は目的地を高塚小屋に変更してそこからはゆっくり歩き、お昼過ぎに縄文杉デッキに着いた。ザックを下ろすとカメラを取り出し、デッキの隅に腰を下ろした。日帰り登山のパティーがみな帰り支度をしているところで、徐々に人が捌けてゆく。太陽は縄文杉の背後へ回り込もうとしているところで、それを薄い雲が覆い、やわらかい光が森全体に射しこんでいた。それは本当に綺麗な景色だった。
撮影日:2008年7月23日
撮影データ:CanonEOS40D+EF24-105mm F4L IS USM(焦点距離40mm)
ISO200 F4.5 1/45sec 手持ち撮影
そのとき、森の右奥からヤクシカが現れた。僕は反射的にデッキの手摺まで駆け寄りカメラを構えていた。ヤクシカは最初縄文杉の右脇でポーズを取りそこに立ち止まった。「まるで早く撮影しなさい」と言わんばかりの感じで。僕は夢中でシャッターを切る。デッキにいた他の登山者も皆気がつき、おのおののカメラ、携帯電話などで写真を撮る。ヤクシカは次に縄文杉の左の足許へ行ってうずくまった。首だけを長く伸ばし、もぐもぐと何かをしきりに食んでいる。その隙に僕はザックのところまで三脚を取りに戻り、素早くそれを組み立てフレーミングを決めた。そして次にヤクシカが立ち上がるのを待った。随分長い時間ヤクシカはそこにうずくまっていたが、やがてゆっくり立ち上がると真っ直ぐにこちらを見てポーズをとった。
撮影日:2008年7月23日
撮影データ:CanonEOS40D+EF24-105mm F4L IS USM(焦点距離24mm)
ISO400 F4.0 1/90sec 三脚使用
森全体が柔らかな光に包まれ、周囲の緑がまぶしい。中心には縄文杉が悠然と立ち、その足許に、夏毛の鹿の子模様も鮮やかなヤクシカが一頭立ち上がって真っ直ぐにこちらを見ている。本当にそれは信じられない光景で、出来すぎ以外の何物でも無かった。けれど、それは現実に僕の目の前で起こっていた。僕は夢中で何枚もシャッターを切った。一年近く、どうしても撮れなかったものが、やっと撮れた。それも最高の状態で。
屋久島で撮影をやっていると良くこういうことがある。どんなに望んでも、「その時」にならないと撮らせて貰えないのだ。縄文杉とヤクシカは、やっと撮らせて貰うことが出来た。僕にとっての「その時」が、ようやく訪れた瞬間だった。